emergency_homeAttention

バラティエ時代男を食い散らかしていたサンジが誘い受けようとしてゾロに落ちるゾロ(→)サン。
それぞれ過去にゾロモブ女・男モブサン経験有りな設定でモブ絡み描写有りです。
性行為の詳細な描写はありませんが話題の中心になっているので念のためご注意下ください。エロくはないです。

不器用な野郎共 1

 偉大なる航路に浮かぶメリー号の上。
 月が揺れる穏やかな水面を見張り台の上から眺め、薄手の毛布を肩に羽織るサンジは一人、ぼんやりと紫煙を燻らせていた。
 海賊船のコックとしてこの広大な海へ飛び出してから、どれ程の月日が経っただろう。
 かつて海上レストランバラティエで、変わり映えのするようなしないような毎日を10年近く過ごしてきたサンジにとって、この小さな船に乗って目まぐるしく色を変える海を渡る日々は新鮮な体験の連続で、過ぎた時間も忘れてしまう程充実していた。ここで長く過ごしてきたような気もするが、本当はたった数日の出来事なのかもしれない。


 遠い記憶のように思い出すバラティエのコック時代も、それはそれで張り合いのある日々だった。
 オーナーゼフと夢の海上レストランを構えた当時、サンジはまだ身も心も幼く、子供嫌いのゼフには半ば厄介者扱いされながらも必死に背伸びをして毎日を懸命に生きていた。
 サンジの日常はそのほとんどをバラティエ内で過ごしたが、物心がつく頃からサンジを夢中にさせていた料理はどれだけ勉強しても飽きることなく、自宅兼職場であるレストランに半ば引き籠るような生活にもさほど苦痛を感じることはなかった。元海賊の船長にしてコックでもあったゼフの傍では学ぶべきことが沢山あった。何事も優しく指導してくれるような師では決してなかったが、その確かな腕を間近で見ながら見様見真似で技術を学び、多くの知識を身に着けることでサンジも着実に料理人としての腕を磨いていった。
 料理に励む傍ら、日々の重労働をこなすべく体も鍛え、かつては赫足と呼ばれたゼフの強烈な足技を見たり喰らったりしながら戦う術も学んだ。海に浮かぶレストランという立地柄、海賊の来客及び襲来も多く、店を守る強さも必要不可欠だった。
 女にモテるためのオシャレも欠かせない。オーナーの意向で従業員に女を雇うことがなかったレストランでは、その成果を発揮する相手はもっぱら来店する女性客だ。あの店は慢性的な人手不足だったためコックがウェイターも兼任していたが、副料理長を自称するサンジも例外ではなく、喜々として客の集うフロアに出ては目に留まる美女に片っ端から声をかけた。買出しに出た街でナンパすることもしばしばあったが、いずれにしても女性を口説く術ばかりは無骨なゼフから学べるものは何もなく、サンジも思わしい成果を上げられていなかった。と言っても、独学のサンジのセンスが悪かった訳ではない。あの店に来る美女といえばその店柄か大半が野郎連れだったし、街でのナンパは店を長く離れることが気がかりで、あまり本腰を入れることがなかったせいだ。
 それでもサンジがまだ子供と言える年頃だった時分は、声をかければ優しく頭を撫でてくれる女性客は沢山いたし、いつだってサンジが愛を持って接すれば女性は皆柔和な微笑を返してくれた。サンジが夢見るような甘い一夜を共に過ごす経験こそ得られなかったが、むさ苦しい野郎に囲まれた汗と血のにじむ生活の中、女性たちとのささやかな触れ合いはサンジに安らぎとトキメキを与えてくれる貴重なひと時だった。サンジは元来女性が大好きったが、一層恋焦がれ女神が如く崇めるまでになったのはそんな手が届きそうで届かない経験も少なからず影響しているのかもしれない。
 そんな環境で育ったサンジにとって、身近な存在は共に働く大人の男達だった。元海賊オーナーの元に好んで集うような連中はいずれも一癖も二癖もある血の気の多い輩ばかりで、居場所をなくしたはみ出し者がその大半を占めていた。海賊船さながらの店を切り盛りするにはこの上なく適材適所なのだが、輪をかけて男臭い汗と血にまみれた環境を作っていた原因でもある。成長期のサンジは彼らに大いに影響を受けた。厳しい現場だったが故、従業員の入れ替わりが激しく、未成年のサンジとは皆歳も離れていたため所謂友人と言えるような付き合いこそなかったが、古参のヘボコック共は不器用ながらもサンジの成長を見守っていてくれた……ような気もするし、他の荒くれ連中も不愛想ながら、なんだかんだで生意気なクソガキ相応の扱いをしてくれていた。若く幼いサンジが舐められていたとも言えるが、サンジも大人の顔色を伺うような性格ではなかったし、ゼフを筆頭に大人コック達も子供に気を遣うような細やかな性格はしていなかったので、気の置けない仲だったことに違いはないだろう。
 サンジが日々弛むことなく料理と足技を磨き続け、歳を重ね、やがて頭角を現し始めるとゼフ以外のコックは皆サンジに一目置くようにもなった。歳の差こそ埋めがたい隔たりがあったが、サンジの料理の腕を認める声が増える度大人と対等に並び立てている気がして嬉しかったことを覚えている。何時のころからか彼らはサンジを過剰に疎ましがるようになったが、粗暴ながらもゼフを慕い料理を愛する男達をサンジは決して嫌いではなかったし、男達もまた、別れの日の態度を見るに心の底からサンジを憎んではいなかったのだろう。
 彼らに距離を置かれるようになった原因はサンジも自覚している。若輩にして副料理長の地位を名乗り、自由奔放に振る舞ってはトラブルを起こす存在を単純に迷惑がり、時には嫉妬を覚え、忌み嫌っていたコックも当然いただろう。だがそれを除いても、なにかと込み入った事情があったのだ。
 バラティエで働くコックの中には元船乗りも珍しくなく、男所帯の常識を持ち込むことが度々あった。女っ気のない環境で性的欲求を解消する手段の話だ。自慰のオカズや風俗事情、男同士の行為まで、ふとしたきっかけから明け透けに語られる猥談に、サンジも多感な年頃にもなれば興味を惹かれない訳もなく、大人の間で語られるオトナの世界に好奇の耳を傾けるようになった。
 サンジのその手の知識の仕入れ先は大人コックの話とコックから回ってくるオトナの雑誌が主であり、関心の的は当然女性だ。女性に纏わる話題はとりわけ関心を寄せ積極的に情報を仕入れていたが、女性とするような性的な接触を男同士でする場合もある、という事実は大人コックの話で初めて知ったことだった。いくら気軽に女性と触れ合れる環境にないからと言って、好き好んで男と抱き合うなんて発想は女好きのサンジには当然なかったし、サンジに回ってくるようなライトな雑誌では得ることのない情報でもあった。大人コック達も全員がそれを常識としている訳ではなく、中には冷やかし半分、話の種程度で話題に上げているようでもあったが、一部の間ではそれがさも良いもののように語られてもいた。知識も経験も未熟なサンジには想像もできない世界の話だ。初めて耳にした時は俄かには信じがたく、サンジも面白半分で聞くに留めていたが、大人の間に確かに存在するオトナの世界を匂わされると弥が上にも好奇心は擽られる。サンジ自身がそれをしてみたかった訳では決してなかったが、大人の知る世界を知らないことへの悔しさも手伝ってサンジはその手の話題にも興味本位で首を突っ込むようになった。
 サンジが純粋に抱いた疑問を尋ねると、大人コックは先輩風を吹かせながら臨場感溢れる体験を語り聞かせてくれる。ゴロツキのような輩とは言え根は気のいい連中だ。その気のない人間にまで強要してくるようなことこそなかったが、女性相手とは違うそれがどんなものか、どこか内緒話をするかのような秘密めいた口調で語られるオトナの世界はサンジに倒錯的な感覚を抱かせ、ほんのりと興奮を覚えることもあった。思春期真っ只中のサンジは男同士であることも忘れてしまう程度には、エロいことに興味津々だったのだ。そして大人の扉を僅かに開いてサンジを誘い込むような語りを聞いているうちに、それに及ぶハードルは確実に下げられていたのだと思う。
 ある時、サンジはうっかり自らその扉の向こうへ飛び込んで行ってしまった。それが事の始まりだ。
 きっかけは些細なことだった。いつものように女性客をナンパしいつものように軽くあしらわれた傷心のサンジが、どうしたら女性とお近付きになれるのか大人コックに愚痴交じりに投げかける姿は、厨房を含むバックヤードでしばしばみられる光景だった。感情的なサンジの嘆きを聞かされる大人コックの対応といえば、情けないサンジを茶化したり、冷やかし交じりに励ましたり、軟派な勤務態度を叱責したりなどが常で、真面目に相談に乗るような態度ではなかったが、たまにそこから猥談に花が咲くこともあった。
 その時もサンジの愚痴に端を発し少し、深いオトナの事情の話になったのだと思う。報われない恋を追い求めるサンジへの同情もあってか、経験豊富な大人コックが相手がいないときに気を紛らわせる方法を教えてくれることもまたよくあることで、それは自慰の手段の伝授やオカズの提供であったり、お金で相手を買う手段であったり、男同士で手軽に解消するといったものだったのだが、サンジのナンパの目的はあくまで愛し合える女性と素敵な恋をすることである。当然恋の中には性的な接触も含まれている訳だが、それは相手がサンジを受けて入れてくれて初めて成立するものだ。美女が一瞬でサンジを好きになってくれる方法であれば喜んで飛びつきもするが、世の中そう簡単な話はない。女性の心はお金で買うものでもないとも思っているし、そもそもサンジの自由が利くお金は少ない。男同士の行為に及ぶまでには切迫していない普段のサンジであれば、オカズの提供をありがたく受け取り、自ら慰めることで気持ちを切り替えていたのだが、その時はなぜだかどうしようもなく寂しさを覚えてしまったのだと思う。気分の沈む時は誰にだってある。そんな時、人の温もりを求めてしまうことも誰にだってあることだ。
「気軽に解消するなら、その辺のコックにでも適当に声をかけてみろ。お前なら誰だって慰めてくれると思うぜ」
 いつだったか茶化すようにかけられたそんな言葉も、サンジは真面目に受け取ってはいなかった。言った本人だって本気でそう思っていたとも思えない。誰しもが男同士の行為を受け入れてたわけではないことはサンジだってわかっていた。それを誰が言ったのかもよく覚えていなかったが、そこはかとない人恋しさを覚えながら猥談に興じるさなか、ふと思い出したのだ。
 それを言われた時は確か、侮られたと思って怒って返したくらいだ。だからその言葉を本気にしていた訳では決してなかったのだが、コック達と話しているうち盛り上げられた感情が好奇心を擽り、頭に熱を回し、どこかで縋るような思いを抱いてしまったのかもしれない。
 身体を持て余し壁に寄り掛かるサンジの近くで、厨房の掃除をしながら同情的にサンジの話に付き合ってくれている男を見た。サンジより上背のある体格のいい男は、例に漏れずサンジを子ども扱いしてくる、比較的古くからいる大人コックの一人。この男の言葉ではなかったはずだ。
 営業を終えた店の厨房からは一人、また一人と気配が消えていく。場を賑わすコック達の話し声も次第に小さくなり、活気の溢れる厨房とは打って変わった侘しさを孕む空気もまた、サンジの心細さを煽るようだった。サンジを含めた少人数での会話はぽつぽつと続いていたが、このままみんなサンジを残していなくなってしまう。それが寂しくて、会話をだらだらと引き伸ばしていた。
 もう夜も遅い。一日の激務に疲労したコック達は各々の仕事を終え引き上げていく。最後までサンジの話に付き合っていた男もいよいよ厨房を出ようとして、消灯の確認にサンジを振り返った時、サンジは咄嗟に男を引き留める話を振ろうとした。だが何を言えばいいかわからず、ただ彼の目を見詰めることしかできなかった。
 詳しいことは覚えていない。気の張った日々の中で、ふと覚えてしまった心細さを何かで埋めたくなった時、埋められるものが丁度よくそこにあった。それだけの話だ。
 男はサンジの知らない世界を知る男だった。だからこそ、サンジが何も言わずともその視線の意図に気付き、体で応えを返してくれたのかもしれない。男の腕に抱きすくめられ、多くの言葉を交わさぬうちにサンジは自室のベッドに横たわっていた。いつか愛し合えた女性とするものだと思っていた行為を男同士ですることに忌避感がない訳ではなかったが、男に身を任せるままいざ事に及んでみるとその観念は容易く打ち砕かれることになる。全くの初体験は聞き及んでいたようには上手くいなかったが、サンジが求め、求められ、確かめ合うようにお互いの欲をぶつけ合う行為は抗いがたい快楽をもってサンジを喜ばせ、その時ばかりはサンジを慈しむような男の優しさに触れると、思いがけぬところに存在した安心感に心すら慰められる思いがしたのだ。
 満たされぬものが満たされたその体験は一夜にしてサンジの世界を変えた。伝聞でしか知らなかった心身の快楽を知り、また一つ大人の階段を上ったという自負もサンジを大いに満足させた。この行為を思うがままに楽しんでこそ大人なのだという新たなる探求心さえ生まれ、それまで自覚なく閉塞的な倦みを感じていたサンジに充実感をももたらした。そうして一度覚えてしまった快楽の経験は時折魔がさすようにサンジを誘い、いつしか満たされない欲求を気軽に解消する悪い癖になっていった。
 とはいえ、まだまだ成長の余地が十分にある若いサンジは単純に快楽に溺れていられる程暇を持て余してはいない。そして根っからの女好きだ。どれだけ野郎と寝ようとも、叶うものならその行為を女性としたい願望は変わらず持ち続けていたし、愛し合う女性と事に及べたらどれだけの幸福を感じられるだろうと益々焦がれるようにもなった。元より野郎と恋人のように寄り添う気は毛頭ないのだ。日頃女性客のナンパに精を出すサンジの女好きは他のコックも知るところだったので、サンジにその気がないことは体の関係を持つ相手も承知の上だった。その行為を教えてくれた男達だって手軽に欲求を解消する手段と割り切っていた者が大半だったので、サンジもそのつもりで気兼ねなく身体を重ねることを楽しんでいた。お互い適度な距離でいるうちはそれなりに上手くやれていたのだ。
 だが想定外に、体を重ねる内次第に、はたまた一度寝た傍から、必要以上にサンジに深入りしてこようとする男が現れるようになった。その度当然のようにサンジは容赦なく突き放してきた。未練がましく食い下がる野郎には遠慮のない暴力行為を持ってその可能性がないことをわからせてやった。店の従業員は入れ替わりが激しい。代わりはいくらでもいた。その頃にはコックの中でサンジの足技に敵う者はゼフの他いなくなっていたので、傍若無人ともとれるサンジの行いを止められる者もいなかった。
 同類の嗅覚が働くのか、そういう目的でサンジに声をかけてくる男の客が現れるようになったのもその頃からだった。相手ならコック連中で間に合っていたし、一応は料理を目的で訪れる客に無暗に手を出さない程度の分別はサンジもわきまえていたが、それはそれとして、サンジのナンパはまるで成功しないのに逆に野郎にナンパされるという不名誉な事実は、サンジのプライドを不用意に刺激した。丁重に断って引き下がってくれる相手なら一先ず大きな問題にはならなかったが、しつこい相手は木っ端微塵にオロしてきたので、それまで以上に客との間に余計な諍いも生まれることになった。
 客のこともコックのことも、サンジだけが悪い訳ではない。サンジとて、突き放してきたコック達に対し全く情がなかった訳でもなかったのだが、そもそもが前提条件を反故にした男の自業自得なのだ。サンジは予め身体だけだと念を押すことは忘れていなかったし、サンジにその気がないのだから、徒に相手に気を持たせるようなことをするはずもない。野郎に媚を売るような真似はサンジのプライドが許さなかったし、甘く誑かすような真似をした覚えは――遠い昔のことのようで、よく思い出せない。
 だが、そんな光景を間近で見ていたコック達が、常に争いの種になるサンジを腫物のように扱うようになるのも致し方ないことだと思う。ともすればサンジの放つ危うい色香に深く入れ込まないため、忌み嫌うことで距離を取り出したコックもいたのかもしれないが、それはサンジの知るところではない。
 サンジが店で揉め事を起こす度、ゼフには強烈な足技を持って厳しく咎められたものだが、元より諍いの絶えない現場だったこともあってか、原因を深く追及されることがなかったのは幸いだった。男に迫られたから蹴ったなどとサンジ自ら白状するなど不名誉が過ぎる。もしかするとサンジが男遊びをしていた事実はゼフの耳に届いていたかもしれない。大っぴらにしていたわけではないが狭い店の中のことだ。風の噂が届いていてもおかしくはないし、告げ口をするような無粋な野郎もいたかもしれない。だが、何かにつけて辛く厳しくサンジに当たるゼフから男遊びを持ち出して咎められたことは一度もなかった。ゼフ自身が元海賊だった分、多少は理解もあったのか。それとも深入りするほどサンジに興味がなかったのかもしれないと考えると、少しだけ寂しい。
 思えばあの頃は、ゼフの夢の店で好き勝手に振る舞っていた。成長を急ぐあまり、大人と子供の狭間でもがきながら、人に恨まれても仕方がない事ばかりしてきた気がする。どれだけ背伸びをして大人ぶってはみても、ゼフがチビナス呼ばわりを止めなかったほどには、サンジはまだ子供だったのだ。



 短くなった煙草を揉み潰す。
 あの頃に戻りたい――とは思わない。当時の生活が嫌だった訳ではない。バラティエで得た経験はサンジにとってどれもこれもが宝物だ。
 あの頃必死に磨いた料理の腕を今は海賊船のコックとして存分に振るい、大食漢の船長を筆頭に食欲旺盛なクルー達の胃袋を十分に満たしている。新たなる食材との出会いを経ながら更なる高みを目指し続けているのだから、サンジの料理の腕をついぞ認めることのなかった頑固親父も次に会った時は舌を巻かせる自信もある。
 海賊を追い払うための戦闘能力は、今は皮肉にも海賊として戦うための力となっているが、大切なものを守る力であることに変わりはない。世界で最も危険な航路には東の海よりずっと強い猛者が蠢き、やるかやられるかの死線を潜り抜ける度自らも着実に力をつけている。
 やるべきことは当時と変わりないようにも思えるが、海賊として、料理人として、あの頃よりも加速度的に成長を続けている。そうしていつか必ずあのゼフすらも至らなかった境地へたどり着き、夢のオールブルーを見つけ出す。仲間と共に大海原を駆け回るこの小さな船は、有り余る夢と希望に満ち溢れているのだ。
 それになにより、美女がいる。そう。寝ても覚めても女神のような美女がいるのだ。美女と同じ船に乗り、同じ時を過ごし、毎日サンジの料理を美味しそうに食べてくれる生活はバラティエ時代にどれだけ望んでも叶わなかった。夢のような生活が今現実としてここに確かに存在していて、冒険で辿る島々には数々の美女との出会いも待ち受けている。海賊は自由だ。当時はまるで成果を得られなかったオシャレも話術も、何にも縛られることなく如何なく発揮する機会は十二分にあり、無数の美女と愛し合える可能性だって無限大に広がっている。
 今同じ船に乗る二人の美女とは仲間という間柄ではあるが、家族のようでもあり、ひょっとしたら恋人なんていう甘い関係になる日もそう遠くない未来にあるのかもしれない。めくるめく可能性を考えるだけで恋が加速するのだが、サンジはこれほどまでに女神たちに恋をしているのに、その恋に応えてもらえる気配は今のところない。じっくりゆっくり時間をかけて女神たちとの恋を楽しむ日々もそう悪くないものだと思っている。悪くないどころかそれだけでも十分に幸福を感じられるのだが、ただ一つだけ問題があった。
 女神たちが眩しすぎる。
 基、あれだけ魅力的な女性が身近にいても、易々とその体に触れることができないのは少々、いやかなり酷だった。
 人肌の触れ合うあの感覚をサンジは知っている。19歳にもなれば思春期も落ち着く頃合いではあるが、サンジの性欲は当然のようにまだまだ現役だ。新しい生活が始まったばかりの激動の中ではその欲求を思い出す暇もなく、最低限の自己処理で抑えられていたが、喧噪の合間、こうしてノスタルジックな感傷に浸っているうち余計な事まで思い出されてしまった。
 波音のみが響く平坦な時間は懐かしい寂しさを呼び起こす。なんだか無性に人肌が恋しい。夜半を過ぎた頃にも外気はあまり冷え込むことはなく、肩にかけるだけになっていた毛布を手繰り寄せ、包まってみるが、人肌の温もりには程遠い。この毛布の中で体温を交わせる肉体に思いが馳せられ、一層切なさが募るばかりだ。
 女神の気持ちを疎かにして性急に事を運ぶつもりはないのだから、つまり、サンジにそれを得る術は結局、当時のように男連中に声をかける他ないのだが……。


 サンジの耳に甲板から扉が開く音が届いた。
 見張り番の交代の時間か。女性陣は夜番のシフトに組み込まれていないため、上ってくるのは確実に野郎なのだが、誰の番だったか。耳をそばだてて聞こえる足音は、獣の蹄ではなかったのでチョッパーは除外されるとして、他の男連中なら誰であってもまあ、そう変わるものでもない。
 ルフィかウソップであれば抱きしめる程度のことなら簡単に受け入れてくれるだろう。多少抵抗があったとしても、サンジがちょっと寒いだとか急に人恋しくなったなどと囁けば、優しい彼らは嫌とは言わないはずだ。年下の優しさに付け込むようで多少気が引けるが、彼らも人の子。スキンシップを求めたくなる感覚くらい理解してくれるだろう。案外、布越しに人肌の温もりを感じながら、普段とは違うしっとりとした時間を過ごすだけでもサンジの気も紛れるかもしれない。大人に甘えるばかりだった当時よりもサンジは大人になったのだ。もしそれでは足りなかったとしても、二人のどちらかが相手であればその先はどうとでも持っていける。この船にサンジのような経験を積んだ男がいるはずもないのだから、どの道最初はサンジが教えてやることになるのだ。
 残る一人、ゾロについては思うところもないではないが……サンジの身体が急を要している今、選り好みしていられる状況でもない。選り好みできるほど人がいる訳でもなし、元より野郎に対するこだわりなど持ち合わせちゃいないのだ。
 縄梯子を踏みしめる音に耳を傾け、久々の熱い一夜の訪れに期待を募らせる。
 ほどなくして見張り台の淵からひょこりと緑頭が顔を出した。
「交代だ」
「おー……」
 よりにもよって一番順位の低いゾロが現れるとは……落胆したサンジの感情は顔に表れていたようで、ゾロは怪訝そうな視線を向けてくる。
 上がってきた相手をこのまま毛布の中に引き込むつもりだったが、ゾロ相手ではそういう訳にはいかない。サンジがちょっと甘い言葉を囁こうものなら、良くて甲板に突き落とされるのがオチだ。そのつもりはないが力ずくでどうにかできる相手でもない。
 そこそこガタイのいい男二人が見張り台に並ぶと、ただでさえ小さい船の小さな見張り台は途端に狭くなる。防寒用として持ち込んだ毛布はあまり必要もなさそうだが、念のためその場に残し、サンジは一度甲板に降りてキッチンへ向かうことにした。


 予め侵水させていた夜食用の米を火にかけながら、寝ぼけ眼で見張り台に現れたゾロの間抜け面を思い出し、さてどうしたものか、と考えてみる。
 一口に仲間、と言っても、サンジは少しゾロに距離を感じていた。
 サンジはルフィに誘われて一味に加わることになった。ゾロはその前からいて、以前雑談程度に聞いた話では一番の古株だそうだ。
 東の海では魔獣、海賊狩りなどと称され、剣士として名を上げるゾロの噂は、当時バラティエで働くサンジの耳にも届いていた。料理人のサンジには人切りに身を窶す男の気など知れず、全く別の世界で生きる野郎の話に大した興味も持っていなかった。強いて言えば、海賊狩りの用心棒でもいれば店の運営も少しは楽になるか、程度のことは考えていたが、魔獣と呼ばれるくらいの男だ、誰かの鎖に繋がれるようなタマでもないだろう、そんな男が店に現れようものなら手当たり次第食い荒らされるかもしれないと、結局は海賊と同程度の脅威として捉えるにすぎず、ゾロの存在は客やコック仲間との雑談の種でしかなかった。
 麦わらの一味がバラティエに現れた時、ゾロが噂の海賊狩りだと知ることになったが、その時にはゾロはすでに海賊だった。船長の元に付き従う海賊の一員と聞けば野生の獣も鎖に繋がれたかのように思えるが、何の因果かバラティエに訪れた大剣豪と対峙した際、ゾロが見せた野生動物さながらの鋭い眼光、血の匂いを漂わせる飢えた獣のような一面ははやり魔獣と呼ばれるに相応しく、その雄姿はサンジに鮮烈な衝撃をもたらすことになった。実のところ、それがサンジが海賊として海に飛び出すことを決めた遠因でもあるのだが、その時のゾロの姿を思い出すと胸が締め付けられる感覚まで鮮明に甦るので、サンジはなるべく思い出さないようにしている。それほどまでに痛々しかったのだ。そして、眼が眩むほど誇り高かった。
 だが、そんな魔獣と呼ばれた男もこの船で見せる姿と言えば、飲んで食ってぐっすり眠る以外はおとなしく鍛錬に励むばかりで、戦闘時に見せる獰猛さを除けばさながら飼い慣らされた番犬になりさがっている。ルフィがどのように手懐けて海賊狩りを海賊に転向させるに至ったのか、詳しい経緯は知らないが、ゾロは鎖に繋がれているといった様子でもなく、基本的には自由奔放に振る舞っているし、ルフィとは友人同士か兄弟かのように仲良くやっている。野生児同士何かと気が合うのだろう。魔獣なんてもんは怖がりそうなウソップとも、ウソップ本人が人好きのする性格なこともあってか、時々ふざけてじゃれ合ったりするなどして気さくな関係を築いている。チョッパーも同じだ。ゾロからしてみれば獣の弟でも可愛がっている感覚だろう。二人で昼寝をしている微笑ましい姿も度々目にしていた。
 海賊の一味にしては頼りない数のクルーは、その分絆も深く皆仲が良い。サンジも同年代の仲間たちと友人のように付き合っているし、今までには得られなかった存在が嬉しくもあり、愛おしく思っている。
 だがそんな仲良し一味の中においても、ゾロとサンジは決して仲が良いとは言えない関係だった。サンジの加入早々喧嘩をしたことに始まり、二人の間は日々くだらないことでの衝突が絶えない。根本的な性格が合わないことが最大の要因ではあるのだが、なんとなくサンジはゾロに仲間として認められていないのかもしれない、と思うこともあった。長いようで短い旅路を共にする間、お互いに協力し合う場面も多々あったため、今更仲間ではないなどと言う気は流石にないだろうが、ゾロはサンジに対してだけはなにかにつけ険のある態度をとる。一味の輪の中にいれば気持ちのいい笑顔を見せることもままあるゾロだが、サンジに向ける笑顔と言えば人を食ったような嘲笑いが常だ。それに厭味ったらしい皮肉まで加えてくるのだから、サンジもカチンときてつい喧嘩腰で返してしまう。お互い様と言えばお互い様なのだが、わざと人の神経を逆撫でしようとしているのかとさえ思うゾロの態度に、他のクルーとの扱いの差を感じてしまうのも無理はないだろう。そういえばゾロがサンジの名前を口にしたことも、これまで一度たりともなかった気がする。なかなか気合の入った嫌いっぷりだ。
 とはいえ、それで不都合が生じたかと言えばそんなこともなく、サンジにしてみれば喧嘩腰の一見歪なコミュニケーションはバラティエ時代のコック達と近いものを感じて、逆にやりやすいところもあった。コック達程軟弱ではないゾロはサンジの足技にも怯むことなくやり返してくるので、生意気さは気にくわないでもないが、その分サンジも気兼ねなく全力でぶつかることができる。ゾロがサンジをどう思っているのかは知らないが、そんな気楽な間柄も、その相手であるゾロのことも、サンジは口で言うほど嫌いではなかった。
 そして今、そんなゾロを相手に甘く燃える一夜の誘いを持ち掛けようとしている訳なのだが――合意さえ得られれば悪い選択肢ではないような気がする。あの男のことだ、身体の関係を持ったくらいで露骨に態度を変えることもないだろう。例えゾロがサンジの身体が気に入ったとして、それを独占しようと執着して嫉妬に駆られる姿はちょっと想像できない。サンジの味を知ったゾロがどんな顔をするのか。他のクルーは知らない一面を見せ合い、その後ゾロがどんな態度で接してくるのか、想像が付かない分好奇心を掻き立てられるものがある。
 まだバラティエに囚われていたあの頃のサンジに、まざまざと信念を見せつけた男のことを知れるものなら知りたい気持ちはサンジの中に確実に存在していた。同じ船に乗っていれば自ずと知れることだと、これまでは積極的に知ろうとはしてこなかった。野郎なんてどうでもいい、それがサンジの基本スタンスだ。だがこうして魔が差してしまうと、止めどなく溢れる欲求を抑えることは容易ではない。
 野望を見据える眼光、あの淀みなく真っ直ぐな視線がサンジは好きだった。何物にも阻まれることなく夢を掴もうとする力強さ。凛として佇む雄々しい肉体。傷の残るあの胸に抱かれ、二人の熱が交じり合う時、ゾロもサンジを慈しむことが……果たして本当にあるのだろうか? 相手がサンジでなかったとしても、他人に対して愛を持って柔和に微笑むゾロの姿は、やはりちょっと想像できない。
 そもそもゾロはサンジが一味に加わる前からあの魅惑的な美女の一人と旅路を共にしてきた訳だが、そういう気分になった時はどうしているのだろうか。サンジの知らないところで仲間内でいかがわしい行為が行われている気配は今のところないため、きっとゾロも男として色々溜まるものはあるだろう。獣じみた男のことだ、急に本能を抑えきれず女神たちに牙をむく危険性もある。だとしたら、そうなる前に適度に発散させる相手ができればゾロにとっても悪い話ではないように思う。そうしているうちに僅かにでもサンジに愛着を持ってくれれば、ゾロの態度もちょっとは改まるかもしれないし、そうなれば少しは嬉しい。
 下手を打てば余計に溝が深まる可能性もあるが、そこは百戦錬磨の恋するコック、幾度もの恋を経験してきたサンジの腕の見せ所。レストランで散々ナンパも接客もしてきたのだから、会話でのコミュニケーションは本来サンジの得意とするところ、のはずだ。相手も会話をする気があればの話だが、さすがのゾロとて会話を拒む程サンジを嫌ってはいないと思いたい。
 まずは当たり障りない話題から始め、距離を縮めつつ相手の様子を探る。そこで100%付け入る隙がなさそうであれば無理に踏み入らなければいい。少しずつそっち方面の話題を広げ、そうなってもおかしくないムードを作ってしまえば、ちょっと試してみてもいいかな、くらいの好奇心は案外簡単に生まれるものだ。
 ついでに二人の女神、ナミさんとロビンちゃんについてどう思っているのか確認しておく必要もある。今のところゾロを含めた男連中にとっては頭の上がらない存在であり、恋の相手としてはまったく見られていないことはわかりきってはいるが、もしも万が一、ゾロが一方的な恋心を抱いていたとしたら、仲が深まるようなことは全力で阻止しなければならない。
 そうだ。まずはあの魔獣と、恋バナをしよう。

つづく