あなたの眠りを快適サポート

 うららかな午後。
 おやつ後の腹ごなしに軽い筋トレを終えたゾロは、喉の渇きを覚えダイニングに顔を出すと、中央にしつらえられたテーブルにサンジが突っ伏していた。
「おい酒」
 丸い後頭部に声をかけると、軽そうな頭をさも重そうに持ち上げたサンジはゾロを一瞥し、気だるげに口を開く。
「おれが我慢してんだからてめェも我慢しろ」
「あァ?何の話だよ」
 何のことかわからず聞き返すが、徐に立ち上がったサンジはキッチンに向かい、緩慢な動作でケトルを火にかけ出す。
「タバコ。残り少なくなっちまったから節煙中なんだよ。だからおめェも酒を我慢しろ」
「なんでおれまで我慢しなきゃなんねェんだよ、関係ねェだろ」
「うるせっ。茶入れてやるから待ってろ」
 サンジが煙草を我慢していることはわかったが、それにゾロまで付き合わされる謂れはない。今日はまだそんなに飲んでいないはずだし、酒が残り少ないだとかの具体的な理由を返してこないあたり、恐らくただの嫌がらせだ。理不尽極まりない。
 了承も得ず茶の支度を始めるサンジを横目に、簡単に要求が通りそうもない気配を察したゾロは渋々ながらテーブルに付く。理不尽を強いられるのは癪に障るが、今は喉を潤せれば何でも良いといえば良いし、サンジの入れる茶が美味いことはゾロも知るところだ。アクアリウムバーのワインラックから盗み飲む選択肢もあったが、甚だ勝手ではあるが代案の準備を始めているサンジの手前、この場はキッチンの主の顔を立ててやることにした。
 お湯が沸くのを二人で待ちながら、ぼんやりとキッチンに立つサンジをなんとなく眺めて見る。ビシッとスーツを着込み咥えタバコでキビキビと仕事をこなす姿は見慣れたものだが、今のように気の抜けたアホ面を浮かべ時折欠伸をしながら呆けているのは少し珍しい。しばらくして沸騰を報せる音が響くとサンジは茶を入れ、湯気の立つ湯飲みとコルク瓶を運びゾロの正面の席に腰を降ろした。頬杖をつきながら、サンジの傍らに置かれた瓶から一つ琥珀色の粒を取り出し口に入れている。
「なんだそれ」
「飴。気ィ紛らわすために作ったんだよ。おめェも食っていいぞ」
「んなもん作れんのか」
「こんなもんガキでも作れるぜ。幸い砂糖はまだ十分あるからな」
 二人の間に差し出された瓶に詰められた飴を一つ摘んでみる。甘いものはあまり好きではなかったが、嫌味すぎない甘さでゾロも美味しくいただける。渋みの利いた茶とも相性が良い。どれだけ気が抜けていようが人に振舞う食事、この場合は飲料だが、それに抜かりはないらしい。
「でもこんなもんしゃぶっててもあんま意味ねェんだよなぁ……口淋しいのは多少紛れるが、だりぃのはどうにも……」
 自らの料理にはいつも自信満々なサンジだが、今日の飴には不満気な口ぶりだ。決して不出来ではない不憫な飴を口の中でカラコロ転がす様子は如何にもだるそうで、声にもまるで覇気がない。
「だるいなら身体動かせ、鬱陶しい」
「夕食の支度するにはまだ早ェからなァ……。あー…喧嘩でもするか?」
「んな面倒くさそうに言われても出来るか」
「おれもそんな気分じゃねぇしなぁ……」
 いつもは嫌みったらしいほど気丈なサンジがゾロを前にこんなにぐずぐずした態度を見せるのも珍しいことで、なんとなく調子が狂う。煙草を嗜む趣味のないゾロにはよくわからないが、酒がないからと言ってこうはならない。ヤニ切れは結構辛いのだろう。そこはかとなく普段より割り増しで面倒くさい気配を醸し出している。
「やることねェなら寝てりゃいいだろ」
 崩れたようにうなだれた頭に声をかけると、サンジはゆっくりと視線を上げ、半開きの目をゾロに向けた。
「おー……じゃ、そうする。1時間後に起こせ」
「あ?何でおれが……おい」
「んー……」
「寝んなら部屋で寝ろよ」
 返事すら面倒くさがっているのか既にまどろんでいるのか、そのままテーブルに突っ伏したサンジは反応を示さなくなった。
 ただでさえ酒を我慢させられた上に今度は1時間後に起こせなどと言われても、そこまで付き合ってられるか。だるいサンジを目の当たりにしていると倦怠感が感染してゾロまで気が重くなりそうだ。
 さっさと湯飲みを空にし、昼寝を始めたサンジを残してダイニングを出ることにした。

 サンジの纏う倦怠感が蔓延したダイニングとは打って変わって、クルーが各々の時間を過ごす甲板は晴れやかなもので、暖かな陽射しと風が芝生を撫でる様が清清しく、なかなかの昼寝日和だ。基、睡眠のプロであるゾロにとって天候はあまり関係ないのだが。
 夕食までの時間、ゾロも昼寝をするつもりでいた。このまま芝生甲板に横になりたいのは山々なのだが……今眠ってしまったら1時間で起きる自信はない。サンジに一方的に突きつけられた約束とも言えない要求とは言え、一応、寝ろと言ってしまったのはゾロだ。
 あのまま放っておいたとして、寝過ごしたサンジに後で文句を言われる分には構わないのだが、そのせいで夕飯の支度が遅れクルー全員の非難の的になるのは勘弁願いたい。酷い理不尽に巻き込まれた気分だが、後々の事を考えるとサンジの我が侭に付きやってやるしかないだろう。
 瞑想でもして時間を潰すか、と展望台に繋がるロープに手をかけたところでふと思い立つ。
 折角寝るのなら万全な状態で寝た方が良いに決まっている。
 寝たところでヤニ切れにどれほどの効果があるかわからないが、怪我だって寝ていれば治るのだから、快適な睡眠をとればいくらか気分もスッキリするだろう。弱っている、とも取れるサンジを見ると多少気の毒に思うし、キレのないサンジはあまり面白くない。そういえば昼寝をしてるサンジはあまり見たことがなかったが、座ったままの姿勢で寝ようとする様子を見るにアレは昼寝初心者だ。暇つぶしがてらサンジの眠りを快適サポートしてやるのも悪くないだろう。目覚めた後、何か身体がすっきりしたぜと元気に動き回るサンジの姿が目に浮かぶ。ゾロが快適な昼寝を演出したと知れば気前良く酒とツマミを振舞ってくれるかもしれない。

 恰好の暇つぶしを見つけたゾロは早速男部屋に入り、適当な毛布と枕を引っ張ってくる。
 もう一度ダイニングに戻るとサンジは変わらずテーブルに突っ伏していて、やはりこの体勢では快適な睡眠には程遠い。
 毛布と枕をテーブルに置き、身体を抱き上げると目を瞑ったままのサンジが身じろぐ。
「起きてんのか?」
「んーん……」
「そのまま楽にしてろ」
 どうやらまだ意識はまだあるらしいが、特に抵抗する様子もなくゾロの腕におとなしく抱えられている。凶暴性を潜めたサンジの細身の身体は軽く、白い肌にあどけなさを残した顔立ちは意外と綺麗なものだ、と思う。こうしてまじまじと見ると、見慣れたはずの小憎たらしいばかりだと思っていた顔も少し違った印象を受け、今は閉じられている瞳が開かれた状態も見てみたいものだと思うのだが、如何せんその上にある不思議に渦巻く眉毛が全ての印象を打ち消している。何だこの眉毛は。
 謎の吸引力のある眉毛から目を逸らし、時刻を確認すると3時も半ばといったところ。芝生甲板に放り出してもいいが、これから日も落ちるし、風も冷たくなるだろう。窓から差し込む日差しのおかげでダイニング内は過ごしやすい温かさを保っており、ここで寝かせるのが一番だろう。何よりサンジにはキッチンが良く似合う。
 壁際のソファにサンジを下ろし、丸い頭を軽く持ち上げて枕を差し込んでやる。これで座ったままの姿勢よりずっと楽だろうが、横たわるサンジを見下ろすと固いスーツを着込んだままだ。これでは身体がリラックスできない。
 まずは靴を脱がせソファの下に揃えると、ごつい素足が顔を出す。サンジ最大の武器であるが、靴がなければその威力も半減、あんな凶悪な技を繰り出す足の正体は生っ白く、まあ可愛いものだ。
 次にジャケットの金ボタンを外し、背中を持ち上げジャケットを取り払って隣の椅子にかけておく。シャツの首に締められたネクタイに手をかけ、多少手間取りながら結び目を解く。ゾロにとってシャツは基本羽織るものだ。第一ボタンまで締めたまま寝るなどとんでもない。当然のようにシャツのボタンに手をかけ胸元をリラックスさせる。調子よく最後の一つを外すと程よく鍛えられた腹筋の下方にベルトが目に留まる。こんなもんで腹回りを締め付けていたらリラックスどころではない。そもそもサンジの服はピッタリと身体にフィットしているので睡眠にはまるで適さないのだ。こんなもんは邪魔だ。
 ベルトをバックルから引き抜き、スラックスのボタンを外す。そのままファスナーを下ろしにかかったたところではたと気付いた。
 顔を上げ、サンジの無防備な肢体を改めて見るとネクタイは雑に首に掛かったまま、無造作に開かれたシャツから隠された白い肌が覗き、寛げられたスラックスの隙間から下着がチラリと見え隠れしている。
 これではまるで寝込みに無体を働かれたようではないか。そしてそれをしたのはゾロだ。
 邪な気配に気付いてしまうと心音が早まると共にカッと血が巡り出し、慌ててスラックスのファスナーを引き上げる。なにもここまでする必要はない。ゾロはただサンジの快適な睡眠をサポートしようとしているだけなのだ。
 客観的に見ると寝込みを襲っているようにしか見えない状況に後ろめたさを覚え、寝ているはずのサンジの顔色を伺うと思いがけず薄く開かれた蒼い瞳と目が合ったのでギクリと心臓が跳ねた。
「てめ……お、起きてんのかよ」
「……なにしてんだよ」
「その服じゃ寝苦しいかと思って緩めてただけだ」
 気まずさを誤魔化すようにテーブルに置いていた毛布を引っ張り、乱暴に放り投げる。露出した肌が隠れたことにどこか安堵しながら全身にかかるよう伸ばしてやると、もぞもぞと毛布に包まったサンジは足元まで丁寧に毛布を広げるゾロを見るでもなく、呟くように声を漏らした。
「なんだ……」
「あ?」
 文句の一つでも言われるかと思ったが、素直にゾロの行為を受け入れる、にしては妙な言葉に改めてサンジを見ると、寝惚け眼にぼんやりとした表情を浮かべたままのサンジは毛布から出した手でちょいちょいとゾロを呼んだ。
「ゾロ、ちょっと」
「なんだ」
 控えめな声量を拾うように僅かに身を屈め、サンジの顔を覗き込む。
「もうちょっと」
「あ?」
 それでも十分に声の届く距離だったが、言われるがままもう少しだけ顔を近づけると急に伸ばされた腕にゾロの頭部を引き寄せられ、唇に柔らかいものが当たった、と思う間もなく口内に甘い飴の味が広がった。
 サンジの口内に残っていたのだろう飴がゾロの口に移されたと同時にぬめりとした熱が差し込まれ、ゾロの舌に絡み付いてきた。ころころと飴を転がすようにして、緩やかに絡む舌は甘く柔らかい。思いかけず口に飛び込んできた初めての触感に堪らず歯を立てると、ビクリと揺れた蒼い瞳と目が合って慌てて顔を引き離した。
「ッなにしてんだてめェ!?」
 頭に昇った熱を逃がすように怒鳴りつけるが、やはりどこかぼんやりとしたサンジは、だがわずかに緩く笑みを浮かべて
「ありがとよ」
 と一言残し、その瞳をまぶたの下へ隠してしまった。
 礼を言われる筋合いは……あるのだが、だるねむのサンジはそもそもこの状況を理解しているのだろうか?他ならぬゾロ自身があまり理解できていない。口に残る飴が邪魔だったのか?キスが礼のつもりなのか?それが礼になるのか?何故サンジはゾロにキスをしたのか?
 唐突な出来事に混乱する頭に様々な言葉が浮かぶが、何してんだ、の問いに明確な答えを示すことなくゾロの整えた快適な環境の元、目を閉じたサンジを前に、何の言葉も出てこない。ここで問いただすような真似をしては、折角の睡眠サポートが台無しだ。
 言葉無くサンジを見下ろすと、すやすやと寝息を立てだしている。
 当初の目的は一応達成したようだが、易々と睡眠の世界へ誘われたサンジに、人の気も知らずに、と文句の変わりに顔に散らばる前髪を避け、渦巻く眉毛をなぞってやった。こんなことは起きているサンジにはとてもできない。
 ゾロの指の感触にサンジはむずがるように眉根を寄せたが、その瞳がゾロを映すことはなかった。しばらくそのあどけない寝顔を眺めながら、脈打つ鼓動が落ち着くのを待っているとようやく足が動くようになったので、そっとその場を離れダイニングの扉を閉じた。
 口に残された飴はいつの間にか溶けてなくなっていた。





 1時間後。
 約束の時間にダイニングを覗くと、ソファの上で肩まで毛布に包まるサンジは変わらず静かな寝息を立てていた。
 寝返りを打ったのか横になった姿勢では顔は見えなかったが、多少の気まずさを覚えながら髪に隠れた横顔に声をかける。
「おいコック。1時間だ」
「んー……」
「起きろコラ」
 曖昧な返答に肩を揺するとサンジはもぞもぞと身じろぎ、寝惚け眼でゾロを見上げる。
「おお……今何時だ」
「だいたい4時半」
「ん」
 のそりと上半身を起こし、時計を確認したサンジは身体を解すように大きく欠伸をする。その拍子に身体を隠していた毛布が落ち、ゾロが寛げたシャツの隙間に白い肌が見えたのでギクリとして毛布を引ったくる。無体を働いたわけじゃない。だが今はそれが酷く目に毒のように思えてならない。
「起こしたからな、二度寝してもおれのせいじゃねェぞ」
「おう、大丈夫だ。もう起きる」
 ソファから起き上がりながら「寝たら結構スッキリしたぜ」と言うサンジの声を背に、そりゃ良かったな、とぶっきらぼうに返したゾロはさっさとダイニングを後にする。
 ゾロに課せられた任務はこれで完了だ。既に日は傾きかかり、空は赤みを帯びていたが、ようやくゾロにも昼寝の時間が訪れる。
 芝生甲板に横になると、やはり少し空気が冷たくなっている。サンジの睡眠を見届けた後、すぐさま展望室に駆け込み一心不乱に筋トレに打ち込んでいたため外気の変化に気付かなかった。幸い手元には先ほどまでサンジが使っていた毛布があったので、それをかけると丁度良い塩梅だ。まだほんのりと毛布に残る熱が心地よく身体を包み、間接的にサンジの体温が肌に伝わる感覚が徒に体温を上げようとする。飴の甘さに誤魔化され危うくあのまま引きこまれるところだったことを思い出すと目が覚める思いがなきにしもあらずだが、そこは眠りのプロ、眠ろうと思え一瞬で眠れるゾロはほどなくして眠りに落ちることとなる。
 そうして1時間遅れの昼寝を決め込んでいると、サンジの夕食を告げる声が響く。クルーの集まる賑やかなダイニングで、いつも通り忙しなく動き回るサンジを見守りながら無事に夕食の時間を過ごしたが、昼寝をしてスッキリとしたサンジとは裏腹にゾロはどこか悶々とした気持ちを抱えていた。



 夕食後、夜の筋トレを終えたゾロは今度こそ酒を貰いに再びダイニングへ足を運ぶと、嗅ぎなれた匂いがゾロの鼻腔を擽り、煙草を咥えた見慣れたサンジがキッチンに立っていた。
「……なんだ禁煙は終わりか」
「禁煙じゃなくて節煙だ。それも次の島で買い出すまでの期間限定な」
 そう言いながら美味そうに紫煙をくゆらせるサンジは上機嫌そうで、これなら酒も出してくれるだろうとゾロも安堵していると、強請るまでもなくどこからともなく取り出した酒瓶を片手にしたサンジがゾロを手招きする。
「ほら。付き合せちまったからな、出血大サービスだ」
「おう」
 まあただの嫌がらせだったんだが、と悪びれも無く告げるサンジに軽く舌打ちをしつつ、カウンター越しに酒瓶を受け取りラベルを確認すると、いつもの安酒とは違う見慣れない銘柄だ。サービスという言葉の通り、サンジ秘蔵のちょっといい酒なのだろう。気を良くして早速栓を抜いて口を付けようとする。
「おいバカ、いい酒なんだからンな勿体ねェ飲み方すんな。ちゃんとグラス使って飲め。今つまみ作ってやるから」
 ゾロにとっての酒はサンジの煙草と違い、ないからと言って心身に不調をきたすものではないが、あれば嬉しいものだ。それが美味い酒であれば尚の事、おまけに美味いつまみもあるなら喜びも一入。サンジのことだからこの酒に合うものを作ってくれるだろう。その前に飲み干してしまっては勿体ないので素直にグラスを受け取り、テーブルに着いて酒を注ぐ。一口含むと辛みのきいた米の味はゾロの味覚を大いに喜ばせるもので、そのままちびちびやっている内にサンジがつまみを運んできた。
「米酒には味の濃い料理が合う。食ってみろ」
 得意げな料理薀蓄を聞きながら、温かく湯気を立てる魚の煮つけを口にするとこれも大変に美味い。米酒とも良く合い、サンジの言う通り一気飲みしなくて正解たったと思う。ゾロの好みをサンジはなぜだか良く知っている。甘い飴より辛口の酒。睡眠サポートの甲斐もあった、とその報酬に満足しつつゾロも上機嫌に酒をすすめていたが、ふと、飴の味を思い出して正面の席に座るサンジを見た。昼間と同じように頬杖を付くサンジだが、気だるさの代わりに心なしか嬉しそうにゾロを見詰めている。いつの間にか吸い終わった煙草はもうその口にはない。血流が、嫌な予感をこれでもかというほど伝えてくる。
「それ食い終わったらよ」
「あ?」
「味見、してみるか?」
「何を」
「おれ」
「あァ!?」
 思わずむせて酒を噴出しそうになった。ゾロが切り出す前に先手を打たれたサンジの言葉はやはり突拍子も無く、味見の意味することとは、と考えるゾロを余所にサンジはグラスに酒を注ぎ足し、勝手にゾロの報酬に口を付け出している。
「なんか気ィ紛らわしてェんだよ」
「だからってなんでそうなんだよ……」
「タバコの事考える暇がねェくらい夢中になれることっつたら、料理かソレくらいだろ。食材にゃ限りがあるし無駄には出来ねェが、体力は有り余ってんだ。だるいなら身体動かせ、だろ?」
 ニヤリと笑みを浮かべるサンジの最後の言葉は、確かに昼間だるねむサンジにゾロが言った言葉だ。だからと言って、さも最もそうな言い分もその内容を咀嚼するとあまりにあまりで、返す言葉に窮す間に酒はどんどん減っていく。
「あのな……そりゃそう言ったが、そりゃ、筋トレとかだな……他になんかあんだろ」
「おめェと肩並べて筋トレしろってか?それじゃ口寂しさは紛れねェしなァ……」
「飴しゃぶってりゃいいだろ」
「ああ、ありゃチョッパーにあげちまった」
 あっけらかんと言い放つサンジに段々腹が立ってくる。そもそもサンジの減煙にゾロは全く関係ないというのに、どこまで付き合わせるつもりなのかこの男。睡眠サポートしてやっただけありがたく思うべきだと言いたいが、逆にそうやって甘やかしてしまったのが良くなかったのかもしれない。ちょっと弱っていたからと言って油断ならないはずの男にまんまと付け入る隙を与えてしまった。ゾロ自ら招いた事態だ。感情のやり場に困る。実のところ、目のやり場にもさっきから困っている。サンジの纏う露骨に邪な気配がこの二人きりの空間に蔓延しているからだ。
「……また作ればいいだろ。だいたい何でおれがてめェに付き合わなきゃいけねェんだよ。んな義理はねェ」
「あ」
 サンジの手元からグラスを奪い返し、勢い良く煽るとすぐにグラスは空になった。
「そりゃ最後の一杯だぜ。もっと味わって飲めよ」
「おい、てめェどんだけ飲んでんだコラ」
「おれが注いだ時にゃもうそれだけだったんだよ、ほとんどおめェが飲んだんだろうが」
 グラスも皿も空になったのを見届けたサンジが立ち上がり、ゾロの傍へ寄ってくる。見上げるとサンジもゾロを見下ろしていて、まじまじと見てみたいと思っていた蒼い瞳は仄かに熱を孕んで輝き、タイムリミットを告げている。
「安心しろよ、次の島に着くまでの期間限定だ」
 サンジの細い指が撫でるように頬を伝い、ゆっくりとゾロを捕らえた瞳が近付いてくる。
 思いかけず出来てしまった思いも寄らぬ隙をつかれてしまっては、ゾロはもう観念する他ない。
 後頭部に回ったサンジの腕を振り払って立ち上がると、大きな瞳を真ん丸く見開いていたので、隙を付いて胸倉に掴みかかり、面倒くさい男の面倒くさい口を塞いでやった。
 絡まる舌はどちらのものとも知れない辛い酒と苦い煙草の味がしていた。

おわり